平民宰相・原敬とは?政党政治を進めた総理大臣をやさしく解説

原敬 解説(先生とミライくんの会話形式)

原敬(はら たかし) 解説

ミライくん
ミライくん

「ねえ先生、最近ニュースで『政党』って言葉よく聞くけど、そもそも政治ってなんで党(とう)っていう集まりがあるの?」

佐藤先生
佐藤先生

「いい質問だね。政治の話をするときに『力を合わせるグループ』として政党が大事になるんだよ。今日は、その政党がすごく大きな役割になった昔の政治家、『平民宰相(へいみんさいしょう)』原敬(はら たかし)について話そうか。」

ミライくん
ミライくん

「平民…って、普通の人ってこと? 宰相って何?」

佐藤先生
佐藤先生

「うん、『平民』は特別な身分でない人のこと。『宰相』は今でいう『総理大臣』のことだよ。原敬は『平民宰相』って呼ばれて、とてもユニークな総理大臣だったんだ。」

原敬ってどんな人?

佐藤先生
佐藤先生

「まず原敬の基本から。原敬は1856年に今の岩手県で生まれたんだ。もともとは武士(ぶし)、つまり戦う人の家の出身だったけど、時代が変わって日本が新しい国づくりを進めていた頃だったんだよ。」

ミライくん
ミライくん

「武士の家…! 刀とか持って戦う人だよね。でも総理大臣になったって変だよね?」

佐藤先生
佐藤先生

「そうなんだ。武士の家でも、時代がもっと昔だと政治の中心になっていた。でも原敬の家は、明治維新が起きたときに新政府に負けてしまって、貧しくなってしまったんだ。」

佐藤先生
佐藤先生

原敬はその後、勉強して新聞記者になったり、外務省に入って外交の仕事をしたりしました。外務省ではフランスへの留学も経験し、世界の国々のやり方を学んで戻ってきました。

「普通の人」から政治の中心へ

ミライくん
ミライくん

「でも先生、どうして普通の人が総理大臣になれたの?」

佐藤先生
佐藤先生

大正デモクラシーについて以前学んだよね。その影響で、明治時代から大正時代にかけて、日本は『政治を国民みんなのものにしよう』という考えが広まりつつあったんだ。原敬は政党の中心になって、その力で政治を動かしていった。」

佐藤先生
佐藤先生

原敬が所属していた政党は「立憲政友会(りっけんせいゆうかい)」といって、今でいうところの“国民の代表を集めたチーム”のようなものでした。原敬はこのチームを強くして、政治をより多くの人の意見が反映されるようにしようと働きました。

政治の話を日常に例えると?

佐藤先生
佐藤先生

「ミライくん、お前が学校でクラス委員会のリーダーを決めるとき、みんなの意見を聞くとするよね。」

ミライくん
ミライくん

「うん。じゃないと、みんなが困っちゃうこともあるし。」

佐藤先生
佐藤先生

「そのとき、何人かの意見だけを聞いて決めちゃうと、他の人はどう思う?」

ミライくん
ミライくん

「えー、ずるい!ってなるよね。」

佐藤先生
佐藤先生

「その通り。原敬が大切にしたのは、できるだけ多くの人の声が政治に届くようにすることだったんだ。だから、ただ偉い人が集まる政治ではなく、国民の代表である議員たちと協力して政治を進めたんだよ。」

なにをしたの?

佐藤先生
佐藤先生

① 政党を中心にした内閣をつくった

原敬は総理大臣になると、今までの政治のやり方を変えて、「議員で構成された内閣」を作りました。これはそれまでよりも、国民の意見が政治に反映されやすい仕組みでした。

② 普通の人の意見を政治に生かした

原敬の政党は、ただ政治の議論をするだけでなく、国民が暮らしやすい社会にするための政策を進めていきました。たとえば、教育や交通の整備を進めて、国全体の力を高めようとしました。

③ 軍事の影響力を抑えようとした

当時の日本では、軍隊の力が大きくて政治にも強い影響を与えていました。原敬はその力をコントロールしようとして、政治と軍事のバランスを考えるように働きかけたんです。

先生とミライくんの会話:原敬の政治ってどんな意味があるの?

ミライくん
ミライくん

「ねえ先生、それってもっと簡単に言うと、原敬は“みんなの声が届きやすい政治を作った人”ってこと?」

佐藤先生
佐藤先生

「その通り!まるでクラスのみんなの意見を聞いて、先生と一緒に決め事をする委員会みたいだよね。今の国会の土台になっている部分を原敬は作ったんだ。」

ミライくん
ミライくん

「でも、そのあとどうなったの?」

佐藤先生
佐藤先生

「残念ながら、原敬は1921年に東京駅で暗殺されてしまったんだ。政治の意見が激しく対立していた時代のことだから、支持する人もいれば反対する人もいたんだよ。原さんを支持する人も多かったけど、反対する人によって命を奪われてしまった。」

実生活で考えるとどういうこと?

佐藤先生
佐藤先生

たとえばミライくんが学校で「みんなが勉強をしやすい教室にするためにルールを変したい」と先生に提案するとします。でもクラスの雰囲気や考え方はバラバラ。原敬は、いろいろな意見をまとめながら話を進めようとした人なんです。

  • 一人だけで決めるのと、みんなで話し合って決めるのはどう違う?
    → みんなで話し合えば、意見が偏らず、より多くの人が納得して暮らせる社会になります。これは日常生活のグループ活動でも大切な考え方です。
  • 話し合いがうまくいかないときはどうする?
    → 一度立ち止まって、本当の問題は何かを考えることが大切です。原敬も軍や政治の考え方とぶつかった時、どうやって折り合いをつけるかを考え続けていました。

原敬の功績をまとめてみよう

佐藤先生
佐藤先生
何をした人?どうして大事?
普通の出身の総理大臣平民の政治参加の道を開いた
政党を中心にした内閣をつくった国民の声を反映しやすい政治の仕組みを作った
教育や交通など社会の基盤づくりを進めた社会の発展と国民生活の向上に役立った
軍事の力を政治から分ける政治と軍人のバランスを考えるきっかけを作った

最後にミライくんの質問

ミライくん
ミライくん

「先生、原敬がいなかったら、今みたいな政治にはなってないの?」

佐藤先生
佐藤先生

「うん。きっともっと一部の人だけで政治が決まっていたかもしれない。原さんは“たくさんの人の意見を政治に結びつける”という考え方を強めた人なんだよ。だから今の日本の政治の形につながる部分を作った人と言えるんだ。」

結論:原敬はどんな人?

佐藤先生
佐藤先生

原敬は、普通の人の立場から日本の政治の仕組みを変えようとした政治家です。
・普通の政治家とは違う立場からスタートして
・政党というチームの力を政治に活かし
・国民の暮らしを見据えた政治を進め
・その結果、今の日本の政治の仕組みの一部を築いた人物といえます。

そしてその挑戦は、社会全体の声を聞くことの大切さを私たちにも教えてくれています。

チェック問題

問題1: 原敬はどのような出身の総理大臣でしたか?



問題2: 原敬が重視したのはどれですか?



問題3: 原敬が1921年にどこで何があったか正しいのはどれ?



もっと学びたい方へ

学習相談や授業については、まずはこちらからお気軽にご相談ください。