伊藤博文とは?初代内閣総理大臣としての役割と日本近代政治のはじまり

伊藤博文の解説 — ミライ・キャリアアカデミー

伊藤博文の解説

ミライくんは、ニュースを見ていました。画面には、スーツ姿の総理大臣が映り、記者たちに囲まれて話をしています。
ミライくんは、その様子を見ながら、ふと疑問に思いました。

◆ミライくん 「ねえ、先生。ニュースに出てくるこの人が“総理大臣”なんだよね?」
◆先生 「そうだよ。今の日本の政治の中心にいる人だね。」
◆ミライくん 「でもさ、総理大臣って、いつからいるの? 昔から日本に総理大臣っていたの?」
◆先生 「いいところに気づいたね。実は、総理大臣という役職は、明治時代になって初めて生まれたんだ。」
◆ミライくん 「えっ、じゃあ最初に総理大臣になった人がいるってこと?」
◆先生 「その通り。その人の名前が――伊藤博文。 日本で初めて内閣総理大臣になった人物なんだ。」
◆ミライくん 「ニュースで見る総理大臣の“はじまり”が伊藤博文なんだね。」
◆先生 「そう。今日はその伊藤博文が、なぜ総理大臣になり、日本の政治の土台をつくったのかを見ていこう。」

会話でわかる!伊藤博文ってどんな人?

◆ ミライくん 「まず、伊藤博文ってどんな人なの?」
◆ 先生 伊藤博文は、明治時代の日本をつくっていったとても大事な政治家の一人だよ。日本で一番最初の内閣総理大臣になったんだ。

◆ ミライくん 「『内閣総理大臣』って何?今の総理大臣と一緒?」
◆ 先生 そうだよ。今の日本は総理大臣を中心に内閣が動いているよね。それをつくった最初の人が伊藤博文なんだ。明治という昔の時代、日本は新しい国の形に変えていこうとしていたから、多くのルールをつくる必要があったんだ。

◆ ミライくん 「ルールって、どんなルールなの?」
◆ 先生 いちばん大きいものは憲法(けんぽう)、つまり国の基本ルールをつくったことだよ。 伊藤博文はヨーロッパの国々の政治の仕組みを調べて、日本にも憲法をつくろう!と考えたんだ。そして1889年に大日本帝国憲法(だいにほんていこくけんぽう)ができたんだ。

◆ ミライくん 「憲法って、何でそんなに大事なの?」
◆ 先生 憲法は、その国がどんなふうに政治をするか、国民が何を大切にして暮らすのかを決める、とても大切なルールだよ。たとえば「どんな権利があるか」や「誰が政治を動かすか」などが書かれている。 伊藤博文は日本で初めて本格的な憲法をつくった人として、とても重要なんだ。

◆ ミライくん 「なるほど。でも、どうして伊藤博文はそんなに大きな仕事ができたの?」
◆ 先生 それはね、彼の若いころの勉強と経験が大きいんだ。

若いころの経験が未来をつくった

伊藤博文は1841(とても昔!)に今の山口県で生まれたんだ。 当時、日本は鎖国という外国と関わらない状態だったけれど、世界中ではいろんな国が力をつけていたんだ。
「鎖国って、外国と話をしないってことだよね?」
そう。そのころの日本は外国に対して興味を持つ人と、外国をよく思わない人に分かれていたんだ。でも伊藤博文は外国のことを知る必要があると考えていたんだよ。 だから彼はイギリスに行って、ヨーロッパの政治や法律を実際に勉強したんだ。そこで、日本をどう変えるべきか考えるヒントをたくさん得たんだ。

「イギリスで勉強したら、考えが変わったの?」
うん。彼はヨーロッパの国々が、憲法や議会(人々の声を政治に届ける仕組み)を使って国をまとめているのを見て、 日本にもそういう仕組みが必要だ! と強く感じたんだ。

「だから憲法をつくったんだね!」
そうなんだ。伊藤博文は自分の考えを形にするために、何度も勉強して、新しい仕組みを日本に持ち込んだんだよ。

内閣制度(今の政治の形)のはじまり

「内閣って、どうやってできたの?」
今の日本では、内閣というチームが政治を動かしているよね。しかし、江戸時代にはそんな仕組みはなかった。 明治になって西洋の仕組みを取り入れる中で、内閣制度という新しい政治のチームが必要になったんだ。 そして伊藤博文が仕組みを整え、1885に内閣制度が始まったんだよ。

伊藤博文の活躍はそれだけじゃない!
もちろん! 伊藤博文は何度も総理大臣を務めたんだ。実は4回もなっているんだよ。
「そんなに!? でもなんで4回も?」
当時は政治のカルチャーも今とは違って、色んな政治の力関係があったりしたんだ。それでも日本が安定して政治を進められるように、何度も頼られたということなんだ。

日韓関係と晩年

「伊藤博文って、最後はどうなったの?」
晩年は日本と韓国の関係に深く関わるようになったんだ。当時日本は近代化を進める中で、韓国とも深く関わっていたんだよ。 1909、伊藤博文は中国・満州の駅で韓国独立を求める活動をしていた人に暗殺されてしまった。これはとても大きな出来事だったんだ。

どうして日常でも大切なの?

「歴史の偉い人はよくわかったけど、なんで今の僕たちが学ぶの?」
いい質問だね。伊藤博文がやったことは、国のルールづくりや考える力に関することなんだ。 これは今の社会でも大切なんだよ。 たとえば… * 物事をよく調べる 伊藤博文は外国の仕組みを実際に見て学んだ。 * 問題をどう解決するか考える 日本がどんな国になるべきか、じっくり考えた。 * 他の人と協力する方法を考える 総理大臣として政治のルールをつくっていった。 これは学校でも、友だちとの関係でも、日常生活でもとても大切な力なんだ。

まとめ(結論)

伊藤博文は、 日本の初代内閣総理大臣であり、憲法をつくって近代日本を形づくった大きな人物です。 ・若いころ海外で学び、日本をどうするべきか考えた ・日本で初めて憲法をつくり、政治の仕組みを整えた ・内閣という政治のチームの仕組みを日本に根づかせた ・数回総理大臣を務め、政治の中心として活躍した ・晩年は日韓関係にも関わり、歴史に大きな足跡を残した 伊藤博文の生き方からは、 自分の考えを形にするために学び続けること、社会全体のことを考えることの大切さを学ぶことができます。

チェック問題

問1. 伊藤博文が日本で初めて取り組んだ重要なことはどれですか?

解説:伊藤博文は1889年に大日本帝国憲法の制定に関わり、近代的な政治の枠組みをつくりました。

問2. 内閣制度が始まったのは何年ですか?

解説:内閣制度は1885年に始まり、伊藤博文がその整備に関わりました。

問3. 伊藤博文の晩年に起きた出来事として正しいものはどれですか?

解説:1909年に満州で暗殺されました。歴史的に大きな出来事でした。

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