公武二元政治とは?朝廷と幕府が共存した仕組みをわかりやすく解説

二つの政府が並び立つ?公武二元政治の仕組みを解説

結論

公武二元政治のポイントまとめ

一、公武二元政治の意味
鎌倉時代、京都の「朝廷(公)」と鎌倉の「幕府(武)」という、二つの支配権力が並び立っていた政治体制のこと。

二、役割の分担
朝廷は伝統的な権威を持ち、主に西日本の支配や朝廷独自の儀式を担当していた。対して幕府は軍事・警察権を持ち、東日本の支配や武士(御家人)の統制を担当していた。

三、承久の乱による変化
承久の乱で幕府が勝利した後は、六波羅探題の設置によって幕府の力が圧倒的に強まったが、形式上の二元体制は鎌倉幕府が滅亡するまで維持された。

内容チェッククイズ

Q1. 鎌倉時代、京都にいた「公(こう)」とは何を指す?

Q2. 幕府が主に担当していた役割はどれ?

Q3. 朝廷の監視のために京都に置かれた役職は?