律令体制とは?「律」と「令」の違いや税の仕組みを日本一わかりやすく解説

法律で国をまとめる?「律令体制」の仕組みをスッキリ理解!

ミライくん
ミライくん
佐藤先生、歴史の教科書を読んでいたら「律令体制」っていう言葉が出てきました。漢字が並んでいて難しそうなんですけど、これって一言で言うと何なんですか?
佐藤先生
佐藤先生
ミライくん、それはいいところに目をつけたね。「律令体制(りつりょうたいせい)」っていうのはね、今の日本でいうところの「法律と、それに基づいた国のルール作り」のことなんだよ。
ミライくん
ミライくん
法律……。昔の人も、今みたいにルールを守って生活してたってことですか?
佐藤先生
佐藤先生
そう。でも、それまでの日本は、力のある一族(豪族)がそれぞれの土地を勝手に支配していたんだ。それを、「これからは王様(天皇)がリーダーになって、みんな同じルールに従ってもらうよ!」と決めたのが、律令体制なんだよ。
ミライくん
ミライくん
なるほど。バラバラだったのを一つにまとめたんですね。具体的に「律」と「令」ってどう違うんですか?
佐藤先生
佐藤先生
いい質問だね。「律」はね、今でいう「刑法」のこと。つまり、「これをやったら泥棒だから、こういう罰を与えるよ」っていう、やってはいけないことと罰則を決めたものなんだ。
ミライくん
ミライくん
悪いことをしたときのルールですね。じゃあ「令」の方は?
佐藤先生
佐藤先生
「令」は「行政法」といって、役所の仕組みや、税金の集め方、土地の分け方なんかの「国を動かすためのルール」のことだよ。ミライくんの学校で例えると、校則が「律」で、時間割や係の決め方が「令」に近いかな。
ミライくん
ミライくん
分かりやすいです!学校のルールがしっかり決まってないと、みんな勝手なことをしちゃいますもんね。でも、なんでわざわざそんな難しいものを作ったんですか?
佐藤先生
佐藤先生
それはね、お隣の「唐(今の中国)」がすごく強かったからなんだ。当時の唐は、法律をしっかり整えて巨大な帝国を作っていた。日本も「唐に負けないくらい立派な国だと思われないと、攻め込まれちゃうかも!」という危機感があったんだよ。
ミライくん
ミライくん
格好悪い国だと思われないように、背伸びをしたってことですか?
佐藤先生
佐藤先生
背伸びというよりは、本気で国をパワーアップさせようとしたんだね。その中心になったのが「公地公民(こうちこうみん)」という考え方なんだ。これまでは豪族たちが土地や人々を私物化していたけれど、「土地も人もすべて天皇のものだ」と宣言したんだよ。
ミライくん
ミライくん
ええっ!いきなり「あなたの家は今日から王様のものです」って言われたら、豪族たちは怒りませんか?
佐藤先生
佐藤先生
もちろん抵抗はあっただろうね。でも、その代わりに国は、農民一人ひとりに「口分田(くぶんでん)」という田んぼを貸し出したんだ。これが「班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)」だね。
ミライくん
ミライくん
田んぼを貸してくれるなら、農民はラッキーじゃないですか?
佐藤先生
佐藤先生
ところが、そう甘くはないんだ。田んぼを貸す代わりに、国は農民に重い税金を課したんだよ。お米を納める「租(そ)」、布を納めたり都で働いたりする「庸(よう)」、その土地の特産品を納める「調(ちょう)」、そして兵士として働く「防人(さきもり)」……。
ミライくん
ミライくん
うわあ、すごい種類ですね。お米だけじゃなくて、特産品や兵隊まで……。
佐藤先生
佐藤先生
そう。当時は今みたいにトラックや電車がないから、農民たちは自分の荷物を背負って、歩いて都まで税金を届けなきゃいけなかった。途中で食べるものも自分で用意しなきゃいけないから、命がけだったんだよ。
ミライくん
ミライくん
ルールを作って国をまとめようとしたのはいいけど、農民たちはめちゃくちゃ大変だったんですね。
佐藤先生
佐藤先生
その通り。あまりに厳しすぎて、農民たちが自分の田んぼを捨てて逃げ出してしまう「逃亡」が相次いだんだ。そのせいで、せっかくの律令体制も少しずつ崩れていくことになるんだよ。
ミライくん
ミライくん
ルールが厳しすぎると、みんな守れなくなっちゃうんですね。
佐藤先生
佐藤先生
そうだね。でも、この律令体制のおかげで、日本は初めて「一つのルールで動く国家」になったんだ。今の私たちの生活の土台も、実はこのとき作られた仕組みが元になっているものが多いんだよ。
ミライくん
ミライくん
法律で国を動かすっていう考え方は、今の日本と同じですもんね。難しい言葉だと思ってたけど、中身は今の社会とつながってるんだなって思いました。

結論

律令体制(りつりょうたいせい)とは、中国の唐の制度をお手本にして作られた、法律に基づいて国を運営する仕組みのことです。

1. 律と令の役割
「律」は犯罪に対する罰則(刑法)、「令」は政治や税金の仕組み(行政法)を指します。これにより、天皇を中心とした中央集権国家が目指されました。

2. 公地公民と土地の制度
すべての土地と人は天皇のものとする「公地公民」の考えのもと、農民に田んぼを貸し出す「班田収授法」が行われました。

3. 厳しい税負担
農民には「租・庸・調」や兵役といった非常に重い税が課されました。特に都まで特産品を運ぶ負担は大きく、農民の生活を苦しめる原因にもなりました。

律令体制は、日本が「一つの国」としてまとまるための大きな第一歩でしたが、農民への過度な負担がその後の社会の変化を引き起こすきっかけにもなりました。

チェック問題!

Q1. 「律」と「令」のうち、犯罪に対する罰則を決めたのはどっち?
Q2. 6歳以上の男女に田んぼを貸し出し、死んだら国に返す法律を何という?
Q3. 農民が「特産品」を納める税の名前はどれ?

ミライ・キャリアアカデミー(MCA)では、
こうした歴史のつながりを「なぜ?」から丁寧に解説します。
テスト対策から志望校合格まで、私たちと一緒に目指しませんか?