佐藤先生
ミライくん、こんにちは。今日の歴史の時間は、日本の歴史上で最も人気がある人物の一人、西郷隆盛について一緒に勉強していきましょう。ミライくんは西郷隆盛と聞いて、どんなイメージを持っているかな。
ミライくん
佐藤先生、こんにちは。西郷隆盛ですか。上野公園にある、犬を連れて浴衣を着ている大きな銅像の人ですよね。顔がすごくガッチリしていて、目がギョロっとしていて、なんだか優しそうだけど強そうな、体格のいいおじさんっていうイメージです。でも、具体的に何をした人なのかと言われると、実はよく知らないんですよね。教科書にはたくさん名前が出てくる気がするんですけど、色々なことをやりすぎていて、結局何をした人なのかよく分かりません。
佐藤先生
そうだよね。西郷隆盛は教科書に何度も出てくるし、幕末から明治維新という、日本が新しく生まれ変わる時代の一番中心にいた人物んだ。でも、味方だったはずの明治政府と最後に戦争をして負けてしまうから、中学生にとっては『結局、いい人なの?悪い人なの?』と混乱しやすい人物でもあるんだよ。今日は西郷さんの人生を、一本の映画を見るように分かりやすく追いかけてみよう。
ミライくん
面白そうですね。そもそも西郷さんは、どこで生まれた人なんですか。
佐藤先生
西郷さんは、今の鹿児島県である薩摩藩の生まれんだ。生まれたときの西郷家は、実はものすごく貧乏な下級武士の家だったんだよ。きょうだいがたくさんいて、毎日ご飯を食べるのも一苦労というくらい貧しかったんだ。でも、西郷さんは子供の頃から体が大きくて、とても仲間思いだったから、地域の子供たちのリーダーとしてみんなを引っ張っていたんだよ。
ミライくん
へえ、最初からお金持ちのすごい家だったわけじゃないんですね。そんな貧乏な武士だった西郷さんが、どうして歴史の主役になれたんですか。
佐藤先生
そこには、西郷さんの人生を大きく変える運命の出会いがあったんだ。それが、当時の薩摩藩のトップだった島津斉彬という殿様との出会いんだよ。島津斉彬という人は、ものすごく頭が良くて、これからは外国に負けないように新しい技術を取り入れなきゃいけないと考えていた、天才的な殿様だったんだ。西郷さんは、藩の役人として真面目に働いているうちに、この斉彬様にその才能を見出されたんだよ。
ミライくん
トップの殿様に直接スカウトされたようなものですか。それはすごい大抜擢ですね。
佐藤先生
そうなんだ。斉彬様は西郷さんを自分の近くに置いて、江戸、今の東京に連れて行って色々な重要任務を任せたんだ。西郷さんにとって斉彬様は、自分をどん底から救ってくれた恩人であり、心から尊敬する絶対的なリーダーになったんだよ。西郷さんは、斉彬様のためなら命を捨ててもいいと本気で思っていたんだ。
ミライくん
そこまで惚れ込める上司に出会えたんですね。じゃあ、その殿様と一緒に幕府を倒したんですか。
佐藤先生
ところが、歴史の神様は残酷んだ。西郷さんがこれから斉彬様と一緒に日本のために働くぞと張り切っていた矢先、斉彬様が突然、病気で亡くなってしまったんだよ。
ミライくん
ええっ、そんな。これからっていうときに亡くなっちゃったんですか。西郷さんはどうなっちゃったんですか。
佐藤先生
西郷さんのショックは計り知れないものだったよ。ショックのあまり、斉彬様の後を追って自分も死のうとしたくらいんだ。周りの人になんとか止められたけれど、その後に薩摩藩の新しいリーダーになった島津久光という人と、西郷さんはどうしても意見が合わなかったんだよね。西郷さんから見ると、亡くなった斉彬様に比べて、新しいリーダーのやり方が生ぬるく見えてしまったんだ。そのせいで、西郷さんは新しいリーダーの怒りを買ってしまって、薩摩藩から遠い島へ流される罪人になってしまったんだよ。
ミライくん
ええー。お殿様に気に入られて大出世したと思ったら、次のリーダーに嫌われて島流しですか。人生の落差が激しすぎますよ。
佐藤先生
本当にそうだよね。しかも一度だけじゃなくて、二度も島に流されているんだ。特に二回目の沖永良部島という島では、吹きさらしの狭い牢屋に入れられて、命を落とし掛けるほど過酷な環境だったんだよ。でも、西郷さんはそこで腐らなかった。島の人たちに勉強を教えたり、じっくり本を読んでこれからの日本の未来について考えたりして、自分の心を磨き続けたんだ。この苦しい島生活があったからこそ、西郷さんは誰に対しても優しく、どんな困難にも動じない、器の大きな人間へと成長したと言われているんだよ。
ミライくん
ただの乱暴な武士じゃなくて、苦労して人の痛みが分かる人になったんですね。でも、島流しにされた罪人が、どうやってまた歴史の舞台に戻ってこられたんですか。
佐藤先生
それはね、日本全体の状況がどんどん怪しくなってきたからんだ。当時はアメリカからペリーがやってきて、日本に開国を迫っていたよね。江戸幕府の力が弱まって、日本が外国に占領されてしまうかもしれないという大ピンチの時代だったんだ。そんな中、薩摩藩としても『これからの大ピンチを乗り切るには、あの西郷の圧倒的な実力とリーダーシップがどうしても必要だ』ということになって、島から呼び戻されることになったんだよ。
ミライくん
なるほど。ピンチのときこそ、本当に頼れる実力者が必要になったわけですね。戻ってきた西郷さんは、何を最初にしたんですか。
佐藤先生
戻ってきた西郷さんは、薩摩藩の軍隊をまとめる最高責任者になったんだ。そして、京都や江戸で様々な政治の交渉を始める。ここで、歴史の教科書で一番大きなイベントの一つが登場するよ。それが、長州藩との同盟、つまり薩長同盟だね。
ミライくん
あ、薩長同盟は知っています。薩摩藩と長州藩が手を結んだんですよね。でも、確かこの二つの藩って、もともとはものすごく仲が悪くて、京都で殺し合いの戦争までしていませんでしたっけ。
佐藤先生
大正解。よく覚えているね。薩摩と長州は、お互いに仲間を殺し合っていたから、犬猿の仲どころか、顔を見るのも嫌な大嫌い同士だったんだ。長州藩は幕府から敵だと見なされて、武器も買えずに追い詰められていた。薩摩藩も、今のままだと幕府に日本をめちゃくちゃにされてしまうという危機感を持っていた。お互いに『手を組めば幕府を倒せるかもしれない』とは分かっていても、プライドが邪魔をして、どっちからも『仲良くしよう』とは言い出せなかったんだよね。
ミライくん
学校のクラスでも、大喧嘩した友達とは、お互いに気まずくて話しかけられないのと同じですね。それをどうやって解決したんですか。
佐藤先生
そこで登場したのが、みんなが大好きな坂本龍馬なんだ。坂本龍馬が間に入って、長州藩の木戸孝允と、薩摩藩の西郷隆盛を京都で会わせたんだよ。でもね、会談の席になっても、やっぱりお互いにプライドがあるから、何日経っても話が進まないんだ。しびれを切らした坂本龍馬が『長州藩は今にも潰されそうでプライドを捨てて必死なんだから、大藩である薩摩藩の西郷さん、あなたから手を差し伸べるべきじゃないですか』と怒ったんだよね。
ミライくん
狙い通りですね。言われた西郷さんはどうしたんですか。怒っちゃいましたか。
佐藤先生
普通なら怒るところだよね。でも西郷さんは違ったんだ。龍馬の言葉を聞いて『その通りだ。長州の言うことはもっともだ。よし、薩摩藩がすべてを引き受けよう』と言って、自分の藩のプライドを捨てて、長州藩を助けることを約束したんだよ。西郷さんのこの男気と器の大きさがあったからこそ、絶対に不可能と言われた薩長同盟が奇跡的に成立したんだ。
ミライくん
うわあ、かっこいいですね。西郷さんが自分のプライドよりも、日本全体の未来のために一歩引いたんだ。
佐藤先生
そうなんだよ。こうして薩摩と長州が強力なタッグを組んだことで、江戸幕府はいよいよ追い詰められていく。そして、最後の将軍である徳川慶喜が大政奉還を行って、政治の権利を朝廷に返したんだ。でも、これで終わりではなかった。西郷さんたちは、古い幕府の勢力を完全に無くして、新しい新政府を作りたいと考えた。新政府軍と、旧幕府軍の間で、いよいよ戊辰戦争という大きな内戦が始まってしまうんだよ。
ミライくん
大政奉還しても、やっぱり戦争になっちゃったんですね。
佐藤先生
そうんだ。新政府軍は京都での戦いに勝って、いよいよ旧幕府の本拠地である江戸、つまり今の東京へ攻め込んでいく。新政府軍の実質的なリーダーは西郷隆盛だ。もし西郷さんが大軍を率いて江戸城に突撃したら、江戸の街は火の海になって、何万人もの一般の人が巻き込まれて死んでしまうはずだったんだよ。外国の軍隊も、その混乱に乗じて日本を乗っ取ろうと狙っていたんだ。
ミライくん
東京が火の海に。それ、大ピンチじゃないですか。どうなったんですか。
佐藤先生
ここで、日本を救うもう一つの歴史的な話し合いが行われるんだ。旧幕府側の代表だった勝海舟という人が、西郷さんに手紙を送って、一対一の直談判を申し込んだんだよ。勝海舟は西郷さんにこう言った。『もしここで戦争をしたら、江戸の一般市民がみんな死んでしまう。日本はボロボロになって外国の餌食になってしまう。だから、江戸城を戦わずに明け渡すから、総攻撃を中止してくれ』と命がけで頼んだんだ。
ミライくん
勝海舟さんも必死ですね。でも、西郷さん側からしたら、一気に攻め滅ぼした方が楽だったんじゃないですか。
佐藤先生
その通り。新政府軍の中には『一気に叩き潰せ』という血気盛んな意見がたくさんあったんだ。数字で言うと、勝敗は明らかだった。でも、西郷さんはここでも素晴らしい決断をする。勝海舟の言葉を聞いて『分かりました。勝先生、あなたを信じて、江戸への総攻撃は中止します。徳川家の人たちの命も助けましょう』と、自分の一存で大軍をピタッと止めたんだよ。これが、歴史上有名な江戸城無血開城だ。
ミライくん
戦わずに、江戸の街と何万人もの命を救ったんですね。西郷さん、本当にすごすぎます。
佐藤先生
そうんだよ。西郷さんのこの決断がなければ、今の東京の発展はなかったかもしれないんだ。こうして戊辰戦争が終わり、名実ともに新しい時代である明治時代が始まった。西郷さんは新政府の最高リーダーの一人として、東京で新しい国づくりを始めることになるんだよ。
ミライくん
ここまでは完璧な大ヒーローですね。でも、さっき先生が言っていた『最後に明治政府と戦争をした』っていうのはどういうことなんですか。こんなに活躍して新政府を作ったのに、なんでその政府と戦うことになっちゃうんですか。
佐藤先生
ここからが、西郷隆盛の人生の最も切なくて悲しい後半戦なんだ。新しい明治政府ができて、日本は急激に西洋の真似をして変わり始めた。武士の時代を終わりにするために、四民平等というルールを作って、武士の特権をどんどん無くしていったんだよ。例えば、刀を持っちゃいけないという廃刀令が出されたり、武士だけの仕事だった軍人を、一般の百姓や町人でもなれるようにする徴兵令が出されたりした。
ミライくん
えっ、それって武士からしたら、仕事もプライドも全部奪われちゃうってことですか。
佐藤先生
そうなんだよ。今まで日本を命がけで守ってきた武士たちは、突然明日からの生活にも困るようになってしまった。日本中で、元武士たちの不満が爆発寸前まで溜まっていったんだ。西郷さんは、新政府のリーダーでありながら、同時に自分も武士の生まれだから、置いてきぼりにされていく全国の武士たちの悲しみや苦しみが痛いほど分かってしまったんだよね。
ミライくん
板挟みになっちゃったんですね。西郷さんはどうしたんですか。
佐藤先生
そんな中、新政府の中で大きな意見の対立が起きる。それが征韓論という問題だ。これは大雑把に言うと、当時の隣の国である朝鮮に対して、新政府の役人を派遣して、国を開くように交渉しようという提案なんだ。西郷さんは『自分が命をかけて一人で朝鮮に乗り込んで、話をつけてくる』と主張したんだよ。これには、不満が溜まっている日本の武士たちに、海外での活躍の場を与えてあげたいという気持ちもあったと言われているんだ。
ミライくん
西郷さんなら、一人で乗り込んでもなんとかなりそうですね。
佐藤先生
ところが、当時海外を視察して戻ってきた大久保利通という人が、これに大反対したんだ。大久保利通は、西郷さんとは子供の頃からの大親友で、一緒に薩摩藩を引っ張ってきた、もう一人の天才的なリーダーだったんだよ。大久保はこう言った。『今の日本はまだできたばかりで弱い。海外とトラブルを起こしている場合じゃない。まずは国内の政治や産業をしっかり整えるのが先だ』と、現実的な意見を言ったんだ。
ミライくん
大親友の大久保さんと意見がぶつかっちゃったんですか。
佐藤先生
そうんだ。激しい議論の末、結局大久保さんの意見が通って、西郷さんの計画は不採用になってしまったんだ。西郷さんは『自分の役目はもう終わった』と感じて、政府の役人を辞めて、東京から故郷の鹿児島へ帰ってしまったんだよ。西郷さんを慕っていたたくさんの役人や軍人たちも、一斉に政府を辞めて西郷さんと一緒に鹿児島に帰ってしまったんだ。
ミライくん
大親友と喧嘩別れみたいになって鹿児島に戻っちゃったんですね。じゃあ、そのまま鹿児島で静かに暮らしたんですか。
佐藤先生
西郷さん自身は、のんびり農業をしながら、鹿児島の若い人たちのために私学校という学校を作って、若者の教育に力を注ごうとしていたんだ。でもね、西郷さんが鹿児島にいるというだけで、全国の不満を持った元武士たちが『西郷先生なら、俺たちの味方をしてくれるはずだ』と期待して、どんどん鹿児島に集まってきてしまったんだよ。そして、鹿児島の私学校の生徒たちという熱血漢の若者たちが、明治政府のやり方に我慢できなくなって、政府の武器庫を襲うという事件を起こしてしまったんだ。
ミライくん
ええっ、西郷さんの知らないところで若者たちが暴走しちゃったんですか。
佐藤先生
そうなんだよ。西郷さんはその知らせを聞いて『しもた!(しまった!)』と頭を抱えたと言われている。西郷さんは新政府と戦争をするつもりなんて全くなかったんだ。でも、自分が育てた若者たちが後戻りできない事件を起こしてしまった。そして、政府側も『西郷が反乱を起こしようとしている』とみなして、軍隊を差し向けてきたんだ。ミライくん、もし自分が西郷さんの立場だったら、どうする。
ミライくん
うーん、若者たちに『お前ら何やってるんだ、今すぐ謝れ』って止めるか、でも、見捨てるわけにもいかないし。
佐藤先生
西郷さんはね、やっぱりどこまでも仲間思いの親分だったんだよ。『若者たちを置いて自分だけ逃げるわけにはいかない。この子たちが起こした責任は、すべて自分の命で引き受けよう』と覚悟を決めたんだ。こうして、西郷さんは望まない戦争のリーダーになってしまった。これが、日本最後の内戦である西南戦争なんだよ。
ミライくん
自分が作った新政府と、自分の大親友の大久保利通が率いる新政府軍と戦うことになったんですね。悲しすぎる戦争です。
佐藤先生
本当にそうだよね。新政府軍は、近代的な武器やたくさんの兵隊を送り込んできた。全体の1割にも満たない兵力差がありながら、西郷さんたちの薩摩軍は、刀や古い銃で必死に戦ったけれど、時代の流れには勝てず、どんどん鹿児島まで追い詰められていく。そして最後は、鹿児島の城山という山の中で、西郷さんは銃弾を浴びて傷を負い、仲間の武士に首をはねさせて、49歳で自らの命を絶ったんだ。これによって、日本の武士の時代は完全に終わりを迎えたんだよ。
ミライくん
西郷さん、最期まで武士として、仲間のために死んでいったんですね。大久保さんは西郷さんが死んだとき、どう思ったんでしょう加。
佐藤先生
大久保さんは、西郷さんが死んだというニュースを東京で聞いたとき、号泣したと言われているんだ。部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、涙を流して悲しんだ。二人は政治の意見は違って戦うことになってしまったけれど、お互いに心の奥底では、誰よりも認め合う大親友だったんだよね。大久保さんはその翌年、西郷さんの後を追うように、不満を持った武士に暗殺されて亡くなってしまうんだ。大久保さんのポケットには、生前に西郷さんから届いた手紙が大切にしまわれていたそうだよ。
ミライくん
うわあ、二人の絆は本物だったんですね。政治の立場が二人を引き裂いちゃったんだ。西郷隆盛の人生って、本当に熱くて、優しくて、最後は切ないですね。ただの偉人じゃなくて、みんなが大好きになる理由がよく分かりました。
佐藤先生
そうだね。西郷さんは、自分のためではなく、常に『人のため、日本の未来のため』に行動した人だった。だからこそ、新政府の敵として死んだはずなのに、今でも上野公園に堂々と銅像が建てられて、みんなから愛され続けているんだよ。では、この感動的な西郷隆盛の生涯と大事な歴史のポイントについて、パッと見初められるように最後に結論として美しくまとめておきましょう。
西郷隆盛の生涯と歴史的な功績には、日本の形を大きく変えた以下の明確なポイントと役割があります。
まず、一番の功績は「幕末の混乱期に新しい日本を作る基礎を築いたこと」です。薩摩藩の下級武士から島津斉彬に見出されて頭角を現した西郷は、犬猿の仲であった長州藩との間で「薩長同盟」を坂本龍馬の仲介によって成立させました。これにより幕府を倒す強力な勢力が生まれ、大政奉還へと繋がりました。さらに、戊辰戦争の際には旧幕府側の勝海舟と直談判を行い、江戸の街や一般市民を戦火から救う「江戸城無血開城」を決断しました。この器の大きさと決断力によって、最小限の犠牲で明治維新という新時代がスタートすることになりました。
次に、後半生の役割は「武士の時代の終わりを自らの命で締めくくったこと」です。明治新政府のリーダーとなった西郷ですが、四民平等や廃刀令などによって特権を奪われ、生活に行き詰まった全国の武士(士族)の苦しみに深く同情しました。新政府内での大久保利通との「征韓論」を巡る対立に敗れて鹿児島へ帰郷した後、地元の若者たちが暴走して政府への反乱を起こすと、西郷はその責任をすべて背負う覚悟で総大将となりました。これが1877年に起きた日本最後の内戦である「西南戦争」です。この戦争に敗れて西郷が命を落としたことにより、武力で政府に反抗する武士の時代は完全に幕を閉じ、日本は近代国家へと歩みを進めることになりました。
このように、西郷隆盛は私利私欲を捨てて「敬天愛人(天を敬い、人を愛する)」という言葉の通りに生きた人物であり、その圧倒的な人間力によって明治維新を成し遂げ、最期は旧時代の武士たちの悲しみを引き受けて散っていった、日本史上の大巨人なのです。